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年の瀬

いよいよ今年も年の瀬を迎えてしまいましたね。まだ1年を振り返るゆとりがありませんが、今日はお世話になった泥染め公園や藍染工房などにご挨拶をしてきました。
ふだん見ている風景が、じつは初めてみたような新鮮さを感じたのが、泥染め公園にあった大釜です。テーチギ(車輪梅)を煮出す大釜(直径130cmぐらい、深さ1メートルぐらい)と、漂流してきたというラワン材を庭にデスプレーしてあります。五右衛門風呂もこんな感じかな。
年末の風景とちっとも関係ありませんでしたね。
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by sanenbana | 2006-12-29 20:01 | あまみ便り

奄美の流通問題

我らの市長候補で経済学者の叶芳和氏の話の中に、よく出てくるのが競争原理。同一の会社2社が競争することによってよりレベルアップを図る、というものです。(理解力OK?)
ポンカンやタンカンなどの発送にかかせないのが運賃の問題です。当店は今回佐川急便を使用しましたが、(クロネコの担当者は価格が合わないといって撤退していました)が、たまたま狭い店内に山積みしてあるポンカンを見たクロネコの若いセンター長が、このポンカンをぜひ運ばせてほしいと言ってきました。どうするのかなと思っていましたら、鹿児島から配送されるコンテナの帰りの便が問題なんですね。つまり空っぽのまま返しても同じ料金を支払いしないといけないのだそうです。

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by sanenbana | 2006-12-27 19:57 | あまみ便り

デモの効果

先日のデモはやはりタイムリーな行動だったと思います。新聞を見たと言う人や、テレビ(KKBだと思います)を見たという人などから、電話や自宅の留守電などにたくさん賛同の声をいただきました。店頭に飛び込んで来た人には申し入れした資料を渡しました。みんな危機感でいっぱいです。
しかし全国放送の影響は大きいと思います。奄美に行くのはやめようというマイナスイメージや風評はやはりこわいですね。バカな父ちゃんをもつと子供が苦労するのと同じですね。
昨日、叶芳和氏が緊急セミナーを開催して「簡単には破綻しない」という話をされたそうです。私はポンカンおばさんをしていたので行けませんでしたが、ビデオを撮った人から見せてもらうことになっています。
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by sanenbana | 2006-12-25 18:55 | あまみ便り

ポンカンの販売終了

ポンカンは本日にて発送を終了させていただきました。ありがとうございました。
今年のポンカンはスアガリがなくて大方は水分の多いジューシーな品が多かったようです。当店でもジューシー+糖度12.5度ぐらいをめどに、こだわり屋の業者のおねえさんに大変お世話になりました。お陰さまで、タンカンみたいなポンカンをお届けできたかと思います。再注文が多かったことも嬉しい悲鳴(キャーッとかホーッとか)でした。5キロ10キロの箱で約260箱の出荷でした。農家の人たちもできるだけ減農薬にして美味しさにこだわってくれたら、もっともっと販売の輪が広げられる果実だと思います。農家、運送屋、販売店、お客さまの4者が、それぞれみんなよかったね、とういう仕事をしたいものです。
来年2月からはまたタンカンの販売を行いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
そういえば今日はクリスマス・イヴですね。メリー・クリスマス!をあなたに・・
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by sanenbana | 2006-12-24 20:11 | あまみ便り

姪がオーストラリアから

昨年9月からオーストラリアに行っていた姪が帰ってきました。と言っても宮城の妹の家にですけど~。姉の娘も妹の娘も2人のうちの1人はなぜか私に似ているところがあって、奄美のおばさんに勇気づけられているようですよ。真夏のオーストラリアから真冬の東北に帰って、気温40度差に参ってるようです。20キロのリュックを背負って駅の階段を降りて来たときは、すごいショックだったそうです。姪のこれからの人生が楽しみ、どんなに成長したかしら。
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by sanenbana | 2006-12-23 19:09 | あまみ便り

デモ行進と申し入れ

案ずるより産むが易しとはよくいったものですね。計画を立ててから5日目の行動というのはいかにも駆け足的やりかたでしたが、ともかく来週では遅すぎるので、ぎりぎりの選択でした。でも陰の助っ人たちのおかげで、プラカードもいいのが出来て、いざとなると女性たちは元気です。短い時間でしたが、まあまあよしといたしましょう。参加者は20人ぐらいでした。e0062635_20331279.jpge0062635_20333476.jpg
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by sanenbana | 2006-12-22 20:34 | あまみ便り

ポンカン発送とデモ計画

奄美のおいしいポンカンの発送におおわらわの毎日ですが、ポンカンの発送をしながらも頭をよぎるのは、平田市長の何ともいえない憎めないあの笑顔。もしこれが自分の父ちゃんならいい好々爺なんですがね~。こと一国一城(?)の主・奄美市の市長となるとこれはどうしようもない人です。夕張市とはわけが違うんですって!何の対策もないのにですよ(コーヒーメーカーをやめるんでっすって!)頭がカッカするので仕事もはかどるという一石二鳥ではありますが、そこで思いついたのが、デモ行進です。言いたいことをプラカードに書いて、町を練り歩く。これもいい表現方法ですよね。22日金曜日やりますよ。くわしくはまたあした。これから文面を練りますので。
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by sanenbana | 2006-12-19 21:38 | あまみ便り

佐竹のルーツ

先日、実家に帰った折り佐竹のルーツのことが話題になりました。昔からある小さな集落の戸主たち8人ほどが「ケイヤク」といういわば結いを代々結んでいて、冠婚葬祭のときに助け合うようになっているのです。昔は結婚式なども役割があったようですが、現在は葬儀のときが主な仕事になっているようです。葬儀場の受付や、墓所の納骨、翌朝の墓参りなどケイヤクの人たちは喪主を全面的にサポートするようになっていて、とても親密な関係です。土葬のころはむろん墓堀りもケイヤクの人たちがやりました。その分ケイヤクの人たちは喪主から重んじられ、上座が用意されます。
儀式が済んで、座が開けたころ佐竹のルーツのことが話題になりました。私の父は次男なので分家になり本家には頭が上がりません。本家にはまた本家があり、その本家にはそのまた大本家というのがあって、もう何代続いたのか分からないとのことでした。私も子供のころは、本家には行けても大本家に行ったのは1回か2回ぐらいです。大きな茅葺の家の真っ暗な土間に入って行く勇気もなかったし、用事もありませんでした。
そういえば、昔は養蚕が盛んで本家も大本家も蚕棚をもっていました。蚕が繭を巻く頃に母は繭玉という団子をつくってお祝いに持たせたことがあります。小学校3年生ころだったでしょうか。ところが途中でころんでしまって、ふろしき包みから繭玉が何個か地面にころころ転がってしまいました。ああどうしよう・・・と。でも良く見ると、繭玉に泥んこもごみもついていません。お皿も割れていませんでした。膝小僧をちょっとは摺りむいたかな。私は何事もなかったかのように本家に届けました。
ところが、この様子を見ていた人がいました(こわこわ)。同級生の武ちゃん(武夫君)のお母さんです。このお母さんはある日私の母に告げ、母はそれを茶のみ話にしてなぜか嬉しそうに笑っていました。武ちゃんのお母さんが優しかったからこれで済んだのに、意地悪な人だったら叱られていたかも知れません。母に叱られるということがとても怖くて、なぜか素直に言い出せませんでしたね。
そうそうところでルーツのことでしたね。佐竹は秋田の藩主ですが、関が原の戦いで破れ、水戸藩から秋田に左遷された藩主です。時代はよくわかりませんが、白石には伊達藩の家老片倉家の城があって、その片倉家に佐竹藩から嫁いだ人がいるそうです。私の実家の一集落に佐竹が代々続いているのは、その一族とのことでした。その印になるものが大本家にはあるとのことでした。
子供の頃、集落一貧乏な我が家は、分家の分家のそのまた分家の末席に位置していたわけです。何ともいえない土地の威圧感から逃げ出したい一心で、自由でありたい一心で私は白石から去ったのに、やっぱり囚われてこうして帰っているんだなと思いました。
それでも昔はケイヤクの格式がうるさかったのに、今は昔話のように話せて楽しいひとときでもありました。ケイヤクの中に武ちゃんもいて、同級生同士のよしみで、きょこちゃん、たけちゃんと呼び合えるのも古里ならではの懐かしさでした。奄美に帰って来るのがちょっと辛い気持ちでもありました。
こんな物語を語る気になったのも、年のせいかもしれません。
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by sanenbana | 2006-12-16 20:24 | あまみ便り

第2の夕張市?

明日の紙面に載るエッセーを朝の6時半から書き出して、TVを見るヒマがありませんでしたが、今朝はみのもんたの「朝ズバ」で、奄美市が4年後には財政破綻市になるかも知れないという報道がされたそうですね。ビックリ!
エッセーを書き上げてやれやれと思ってお店に来て見たら、あちこちから電話やFAX。おまけにKKBテレビが取材。アーケードの商店主にマイクを向けても誰も応じてくれないとのこと。知人なのでしゃべりましたよ。HPに載せたことをどう思うか、との質問に、「このことがきっかけになって市民も市の幹部も危機意識をもって抜本的な対策を考えてほしいですね」と。ちょっと優等生的だったかしら・・
と、そんな折りに、大和村の山からポンカンが10箱も届いて、今度はポンカンの箱詰めです。10キロ箱21個もつくりました。農園のおじさんは7トンもあると言ってたのに、どうやら1トンぐらいらしいのです。えらい見込み違いですよね。はじめたばかりなのにもう注文はストップでしょうか。明日は定休日なので、山に見に行って来ます。
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by sanenbana | 2006-12-13 20:31 | あまみ便り

嵐のような日々

奄美発19時の便に乗ると翌日の早朝には仙台はじめ東北の各県や、関西北陸など日本各地に夜行の高速バスが眠ったままの人間を運んでくれるなんて、すごいことを考える人がいるものですね。結局3泊4日のうち2泊を夜行バス、1日はあの世に行ってしまった義姉さんの祭壇の前で、短い眠りを眠って帰ってきました。不思議な夢を見ているような気分です。
まさにあしたに紅顔あれど、ゆうべには白骨と化す、という念仏そのものです。死こそ人生最大のミステリーなんですね。いつどんな形でやってくるのか誰にもわからないのですから・・1日を大切に生きましょう。
実家の庭に雪が降っていました。帰りにはまた雲の上の富士山にであえました。e0062635_20411194.jpge0062635_20413790.jpg
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by sanenbana | 2006-12-11 20:42 | あまみ便り