カテゴリ:私的なおしゃべり( 24 )

朝からHPめぐり

当店のHPをなんとかしなくちゃ~、と思いつつ、いつまでたっても手を付けたくないものですから、つい先送りばかりしてもう1年は過ぎたでしょうか。(社会保険庁よりはましだ!)ホラホラなんとかせんばぁ~まあ~明日にすっか~という具合で、何年もたってしまうことだってあるんですよね~(パソコンに触れるだけでも驚異でしたもんね~)

そこで今日は一念発起して朝からパソコンにかじりついてみました。(パソコンよりはやっぱり布が好き!なので、ついこれ仕上げてから・・の繰り返しでした~)

まず、「奄美大島タウンページ」に加入している当店のHPをリニューアルする準備です。1ヶ月5250円の加盟料で1年契約のうち、もう4ヶ月経過してるのにまだ一度も更新していなかった!(だからやめとけばよかったのに~訪問者なんか1件もありませんよ・・・)

写真の入れ替えと更新。春らしい(奄美はもう初夏ですね)イメージで、見ていてうれしくなるようなページづくり・・・などと思いながら、あちこちのHPやブログに迷い込んでは、それぞれの言い分を読み漁りました。みんなささやかながら、言いたいこと言ってますよね~(イイヨイイヨ)

そんなもんで、気がつくともう夜です。
一日がなんと早かったことでしょう。さっき起きたと思ったのに、もう夜ですよ~
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今日撮った写真のなかで気に入った1枚です。
黒無地の紬のスカートは、6枚ハギのたっぷりしたギャザースカート。
「蝶の舞い」のストールは2・5メートルあります。
結婚式やパーティーにぜひどうぞ。今夜はあなたが主役になってしまいそう・・・
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by sanenbana | 2008-04-02 19:32 | 私的なおしゃべり

屋久島からのお客様

人間と言うのは寝込むと気弱になって、ああ~このままもうすぐ息絶えてしまうのかも知れない・・・などと思うものですが、そんなところに電話というものがかかってきたりするものですね。

は~い・・・と返事をするのも億劫な感じなのに、電話の主はいかにもうれしそうに、
「佐竹さ~ん!私、思い立って奄美にきたのよ~!屋久島からたった今着いたばかり!」ですって・・・屋久島と奄美は東京よりも遠いぐらいなのに。

奄美研究の第一人者である故・原口虎雄元鹿児島大学名誉教授が遺した資料集「童虎山房」というものについてのシンポジウムに参加するためにわざわざ、屋久島から駆けつけてきたのです。なんということでしょう!
「童虎山房」はすでに2年前に奄美博物館に寄贈されていますが、その内容を知るいい機会なので、私も気になっていました。

屋久島の友人は、もう10数年ぐらい前から存じ上げている方ですが、まだお会いしたことはありません。「さねんばな」を応援してくださった大切な読者さんです。
「あなたに会うことと、寅雄先生のシンポジウムに参加することが今回の目的よ」 と。

私は静かに呼吸を整えながら、どの時点で、すっかり弛緩しきった身体をもとに戻せるだろうかと考えながら、できるだけの時間稼ぎをしてから出かけました。
とりあえず、眠るだけは眠ったよね、というのが体調を整える第1条件でした。

シンポジウムも彼女との出会いも、見入りが多かったことはむろんです。
人様に生かされていくって、こういうことなのかも知れませんね。
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by sanenbana | 2008-03-24 20:42 | 私的なおしゃべり

2日間の休養

先日は立て続けに2晩も、若い人たちとはしゃいでいるうち午前様になり、翌日の定休日も朝から駈けずり回ったおかげで、とうとうオーバーヒート。
ここ1ヶ月ぐらい走り続けたので、眠っても眠っても眠たくて、朝になっても昼になっても目が覚めません。しかたないのでそのまま眠り込むことにしました。

2日間、よく眠りました。

お陰さまでまた蘇生しました。
このまま永遠の眠りについても何ら問題ないんだけどね~、と思いつつただただ眠りました。

またしばらくは、相変わらぬお付き合いをくださいますよう、よろしゅう~お願い申し上げます。
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by sanenbana | 2008-03-24 09:52 | 私的なおしゃべり

1年の計

みなさん、今年の1年の計は立てましたか。

小学校3年生のころ、自転車に乗れるようになるのを今年の目標にしたんではなかったかしら。
当時は大きなごつい自転車でしたから、まずペダルに足を掛けて三角乗りから始めたはず。転んで膝小僧を擦りむいたりしながら、やっと乗れるようになったときは、我が家の背景にデンと座っている蔵王のお山が褒めてくれたような気がしてうれしかったですね。

次に車の運転免許を取ろうとしたのは、43歳のときでした。
40歳で息子を産んで、41歳で10年暮らした夫と離婚、人生真っ暗闇のような時間を通り過ぎたら、なんとそこには明るい未来があるような気がしてきたものです。
車の運転免許を取ろう!と思い立ちました。
1ヶ月間、息子を昼は保育所、夜は友人にみてもらって、夜となく昼となく教習所に通いめでたく合格したときは、ほんとうにうれしかった!
さっそく、教習車と同じ型の中古車を購入して運転開始。私の後ろには3歳の息子がいつも立っていてくれた。発進のたびにガクッ、ガクッとなったりエンストなんかして冷や汗三斗ものでしたが、息子は「ドンマイドンマイ、おかあしゃん、だんだんうまくなってきたよ~」なんて応援してくれましたっけ!

パソコンを覚えようと思ったのは、数年前です。
これは実に頑迷でやっかいな代物でした。器械ものに対する拒絶反応がこんなにもひどかったなんて・・・

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by sanenbana | 2008-01-12 12:06 | 私的なおしゃべり

1年間、ありがとうございました。

今日はいいよいよ大晦日ですね。昨日までは20度ぐらいあって暖かだった奄美大島も、今日は冷たい風と雨と、ときどき晴れ模様の変わりやすい天候です。
明朝の元旦は、奄美大島で一番高い湯湾岳(694m)の山頂で初日の出を見に行くことになっていますが、この天気では運がよければ拝めるかも知れませんが、ちょっと無理かもしれません。(主宰者の人に確認をとったらやはり取りやめとのこと・ムムザンネン)

さて、2007年は、皆様にとってどんな年だったでしょうか。
私はともかく病気らしいこともなく、ときどきカゼをひいたりはしましたが、まあまあ健康を維持して過ごせたことが一番だったと思います。
そして、私の唯一の生きる場所であるこの「さねんばな」のお店も、悪戦苦闘しながらも何とか年を越せることに感謝しているところです。
おかげ様です。お買い上げやご協力など、ほんとうにありがとうございました。
心よりお礼申し上げます。

さて、私の1年を振り返りますと、

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by sanenbana | 2007-12-31 13:22 | 私的なおしゃべり

乙女チックな80歳

「は~い、佐竹さん、お待たせ!」と言って、車でお迎え。久しぶりにどっかで食事をしようということになって、私もさっさと店じまいです。

日曜日の夜は通りも閑散としていることが多いので、遅くまで開けているよりは友人たちとの交流を優先しちゃう。奄美ならではの楽しいてげてげ経営ですよね~
お迎えに来た方は、なんと今年80歳か81歳。弓道の師範をされていて、いかにも堅苦しい人のようですが、私よりも若々しいぐらい。ご近所のTさんの年の重ね方とは違う、生き方と考え方をされています。
共通しているのは、第2次大戦をくぐりぬけてきたことと、戦争には大反対ですが、どうしようもないほどの天皇崇拝の精神でしょうか。天皇さま様には私も、もう逆らいません。

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by sanenbana | 2007-12-17 11:05 | 私的なおしゃべり

オノ・ヨーコさん

私の好きな女の一人であるオノ・ヨーコさんが、朝のテレビにでていました。
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彼女のどこが好きかといいますと、年齢を超越した感性の豊かさと、意志の強さや、ちっともおばさんにならないかっこよさですよね~。
そして、ジョン・レノンを愛した女だからです。
こういう女性の前ではいろいろ屁理屈をいっても勝てませんので、
激写したテレビの画面だけをお届けしま~す。
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by sanenbana | 2007-12-07 21:08 | 私的なおしゃべり

カゼをひきました。

数日前から足元や首筋が寒くて、そのくせなぜか厚い靴下もはかないで、衿元のあいたブラウスなんか着たりして、ヤバイヤバイと思いながらついにはハナミズがダラダラ、ついにダウンしました。
なんか待ってました~!という感じがしないでもないダウンの仕方でした。なぜなら、週1の定休日など、なぜがいつもより早く目覚めてしまって、朝5時ごろからゴソゴソしたりしてあれもこれもと用事の山。ネジの回転のようで、どこかで故障しないと止まらない状態でした。

あんまり忙しくならないうちに、このへんでダウンしておこう、という暗黙の了解をしたみたい。
ふとんをがぶって汗フーフーしていると、普段の疲れがどっと出て、背中は痛い腰は痛いでちっとも楽しい気分ではありません。それよりも寝ている時間が長引けば長引くほど、気分が欝になってきます。この世にたった一人おいてけぼりを食らったみたいに憂鬱になって、やたら台所のよごれとか、整理のへたな部屋の有様とかが気になったり、このまま死んでしまっても誰も気づいてくれないんだよね、とか思ったりして~

そんなわけで2日間よく眠りました。テレビもみました。夢うつつのなかでみるテレビというのはなかなか超現実的でいいものですが、暗い殺人事件や、火事の話はつらいですね。

みなさんもお体に気をつけてくださいませ。
私のようなダウンの仕方も案外いい対処療法かもしれませんよ。
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by sanenbana | 2007-12-04 18:07 | 私的なおしゃべり

お久しぶり

東京に住んでいる沖永良部島出身の友人が、ひょっこり尋ねてくれました。エラブの実家に帰る前にあなたに会いたかったからと、一晩を奄美大島に寄ってくれたのです。

彼女は高校の図書司書の仕事を一昨年定年退職しました。
28年間、高校生を相手にして、例えばハリー・ポッターを借りていった子が次に何を読むだろうかと考え、その子が読みそうな本を選んで書棚に並べる。でも「こんな本は、どうお~」なんて決して言わない。選ぶのは生徒自身。

また、図書室に集まった生徒たちの雑談を仕事をしながら聞いている。するとその中にキラッと光る意見が出たりする。その時彼女はその意見を素早くキャッチして、思わず
「今の意見いいじゃない、もう一回みんなにあなたの意見をきかせてあげて~」と言って吸い上げる。そこから文化祭の催しが決まったり、何かが始まったり、目立たない女の子が仲間のヒロインのようになったり、とても素敵なコトが起こったりした。

ただ単に本の背中にラベルを貼って、借りた本と、返され本の員数合わせをしたのではないの。
と、彼女は沖永良部を出てから図書館の司書の仕事についたこと、結婚や二人の息子のこと、夫との長い軋轢のあとに選んだ離婚や、今ひとりでいることの充実した日々を語ってくれました。

島料理をつつきながら、しゃれた居酒屋さんで夜の更けるのも忘れて語り合えて、私もうれしかった!
別れ際の合言葉は、「マタアイマショウ」 ですね。
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by sanenbana | 2007-11-28 21:42 | 私的なおしゃべり

医者の説法

先日ころんで捻挫したところが、1週間もしたころから痛み出しました。軽い捻挫なのでそんなにたいへんではないのですが、やっぱり歩きづらいので病院にいきました。
レントゲンを撮ったら、以前捻挫したところの軟骨が擦り切れて骨と骨が当たって痛みが生じているとのこと。さてさてどうしたらいいんでしょうか。とお医者さんにきくと、
「もう、治りません。歩かないでいるしかありません。それ以上の治療はありません」と・・・
「ええ~、そんな、先生、なんかもっと希望がもてるようなことおしゃってくださいませ~」と何だか目の前が真っ暗になって訴えるのに、先生はにべもありません。そのくせ、電気マッサージや温湿布、痛み止めやら湿布薬などをどっさり。

う~ん、噂には聞いていたけど、ひどい言い方をする医者です。今時、心臓にはペースメーカー、骨折には金属金具などがあるんだから、磨り減った軟骨にはシリコンでも注入する技術があってもいいはず。
友人が、別の医者に行ってみたら、というので、本日はまた別のお医者さんにいきました。
「あ、軽い軽い、すぐよくなりますよ」というので、「先生、レントゲンもとってよくみてください。
じつは、昨日はしかじか・・・」と話しました。「あの先生、極端だからね、でもほっといたらそうなるのよ、でもこの状態なら大丈夫です」って。足にはいろんな筋肉がや靭帯があって、と図鑑を見せながら、説明をしてもらいました。痛む場所を他の筋肉や靭帯で補強しながら、切れた靭帯が繋がるまで待てばいいのだそうです。骨の心配はいらないとのこと、足の運動をいろいろ教えてもらいました。

ヤブと名医でこんなにも違うなんて、生きる気力も失せてしまいそうでした。
みなさんも医者の見分けを間違いませんように。
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by sanenbana | 2007-10-23 11:57 | 私的なおしゃべり