山田洋次監督・追記

山田洋次監督の謎に迫る・・・というと大げさですが、「男はつらいよ」48作の初回は、テレビドラマだったそうですね。
寅さんが初回のドラマで、なんと奄美大島の毒蛇ハブ公に咬まれて死んじゃうところでドラマを終わったら、抗議の手紙や電話が殺到。
なんで寅を殺したんだ、生き返らせろ、というような内容だったそうです。

テレビで一旦死んでしまった主人公を生き返らすには、映画にしてはじめからやり直す以外ないね、ということになったようです。
ところが、会社の松竹は、小津安二郎監督の「東京物語」などの上品な映画が主流なので、寅さんのような、学歴もない職業もテキヤなどやってるようないわば下層階級のお兄さんでは・・・と製作には反対の声があってなかなかOKが出なかった。

しかし、山田監督は渥美清というコメディアンに出会ったことで、がんばったわけです。
渥美清に出会わなかったら寅さんは生まれなかった。
そして愛すべき寅さんが生まれる元になっているのが、山田監督の生まれ育った時代と密接に関係があるのではないでようか。

監督は満州引揚げをしています。
終戦直後、焼け跡闇市のなかで、監督は中学時代から兄さんとアルバイトをしながら東大法学部を卒業しているんですが、中学時代のアルバイトは建築現場の作業員とか、進駐軍の汚物運び、それもバケツに放尿した外人のおしっこを天秤で担いで始末する仕事などだったようです。
「飛び散るし、臭いもしますし・・・」

そんなとき、作業に必要なことは腹から笑える「笑い」だった。
たいがいは品のないシモネタで、中学生の山田兄弟はからかわれながらもそれがちっとも嫌ではなかった。からかいから笑いが生まれ、みんなで笑いを共有することで、無事に1日の仕事を終える。その清清しいほどの喜び。

寅さんシリーズに通底している笑いは、組合などのないいわば無組織労働者人たちに欠かせない、生きることに必要な「笑い」なのではないか。
山田監督はそんな人たちをこよなく愛してやまないのです。

まだまだ言い足りませんが、本日はこのへんでおしまい。
[PR]

by sanenbana | 2008-08-31 11:47 | あまみ便り